飛び乗り厳禁 迷いに迷う新幹線の駅弁

駅弁…それはささやかな旅の友。楽しい旅行から憂鬱な出張まで、どんな移動をも明るい気分にさせてくれる、至高のメニューである。ありきたりの幕の内弁当もいいが、旅のはじまりを盛り上げるなら、じっくりと駅弁選びには迷いたいものだ。最低でも5分、長くて15分は迷ってもいい。
 東京駅には全国の駅弁が一同に会する場所がある。中央コンコースにある駅弁専門店「祭」だ。北は北海道の海鮮丼や森町のいかめしから、南は熊本牛や鹿児島黒豚の豪華駅弁まで、日常を忘れたい現代人にぴったりのメニューが見つかるだろう。一個1300円超えの駅弁もごろごろ見つかり、価格もまた非日常である。
 あわただしく店に駆け込んできたビジネスマンが、赤いパッケージが目印のシウマイ弁当を颯爽と買っていくと、そのせかせかしたビジネスライクな風情に、客の多くが冷ややかな目を向ける。何を急いでいるのだろう。ゆっくり迷って選べばいいのに。べつに、崎〇軒のシウマイ弁当もいいですよ。いいですけど、それじゃ横浜までしかもたないじゃん。東海道を進みながら北海の幸を堪能し、九州の味覚に景色を思い浮かべるような、旅の風情というものを、この男は知らないのだろうか。きっと窓の外の富士山も三島の岸壁も琵琶湖も京都も見ないのだろう。寂しいことである。
 駅弁専門店「祭」で取り扱う駅弁は常時50種類以上。店の前のショーケースには駅弁のレプリカが陳列されている。ショーケースの高いところには、全国各地の和牛弁当が大人たちにアピールしているが、低いところに目線をやると、新幹線弁当が各種並んでいる。のぞみのN700系、東北新幹線のE5系、E6系、退役した0系もある。子供たちは夢中で新幹線弁当の中身を指さしている。
 その新幹線弁当に熱い視線を向けるサラリーマンがいる。鉄道ファンらしきサラリーマンの目線は、熱い…というか暑苦しい雰囲気も漂っている。メガネの度が合わないのだろうか、眉間にしわを寄せ、目を細め、少し離れた場所から、じっと新幹線弁当の中身を見ようとしている。指を差して何かが変わるわけでもないのに、中身を指さし確認している。鉄道ファンのサラリーマンは、0系の新幹線弁当を手に取り、レジへ向かった。
「はい。夢の超特急0系新幹線弁当、ひとつですね」
 男はうれしそうに駅弁の入った白いポリ袋の中を見ている。いまにも開けそうなまなざしだ。いいではないか。すばらしいではないか。鉄道はロマンだ。旅行気分の出張は最高だ。どうせ経費で食べる駅弁なら、自分の好きな駅弁を食べたい。駅弁の贅沢とは、価格で決まるものではない。選ぶことそのものが贅沢なのだ。
 忘れかけていた豊かさを思い出して、わたしは手にしていた幕の内弁当をそっと棚に戻し、氏家かきめし弁当1080円を買ったのだった。
 

コメントは受け付けていません。

サブコンテンツ

このページの先頭へ